根性論ではないが、限界を決めるのは自分である

学生時代にきつい練習をしている際、よく

「あ~もう無理だぁぁぁ!!」

と言いながら走っていました。すると先生から

「もう無理だと思ったら、今の練習もこれからの練習も何のためにしているか分からなくなる。自分の限界を自分自身で線引きするのはあまりお勧めしないな~」

限界は人が決めるものではない

その人の能力の限界なんて他人が測れるものではない、自分でも分からないのだから

諦めたらそこで終わり

有名な漫画で先生が言うセリフ

前に進むことを諦めたらもう前進という選択肢は無くなります。0と1では全く違う結果になる。当たり前の話だけど0に何をかけても0ですからね

どう課題を設定するか

大学の時に書いた卒論のテーマは確か

「目標志向性の違いが競技パフォーマンス影響を及ぼすのか?」

そんな内容を書いた気がする。

ここからは間違っているかもしれない、私の記憶のお話

ざっくり簡単に書くと、純粋のサッカーが上手になりたいと考える人と、上手になってモテモテになりたいと考える人

前者が課題志向性
後者が自我志向性

先行研究や自分の卒論の結果は課題志向性の方がパフォーマンスが高いという結果

お金や地位を目的に課題を設定すると、達成したり難しいと判断した時にモチベーションの維持が困難となる・・・確かそんな感じの卒論だった

卒論で学んだことは、課題設定の段階で動機付けをしっかりしておかないと課題達成後、もしくは不達成後の次のステップがスムーズにいかない可能性がある。

動機付け大切!!

何のために限界突破をしようとしているのか?

話を戻して、努力して自己成長を促す理由

今の限界を超えて何かを得たいしたい時には必ず理由が存在する

卒論で学んだことをひっくり返すことになるが、一貫してお金儲けが動機で超自我志向性であってもパフォーマンスは高いと思う

目標がお金儲けという明確なゴール設定があるから突き進みやすい

逆に固定給で150%で働いても100%で働いてもそこまで大きく給与に反映されない場合は何を目的に頑張ればいいのか分からなくなる。社会人に多そう(夢なんて・・・)

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社会人は諦めることが仕事だと言われた

学生時代は夢を追いかけ、社会人になって大人になったら諦めること引くことが大切だと言われたことがあります。

無謀なことをすると「大人なのに」ならずっと子供でいたい

今チャレンジしないと明日にはチャレンジできなくなってるかもしれない

「俺には無理だ」

そう自分の限界を決めて、前に進むことをやめて、後悔して

「やっぱり進みたい」

そう思った時に前に進んでもいいという環境があるかどうか分かりませんからね。強制的に前に進むことを第3者に禁止されるかもしれないし、先に誰かが進んで出番なしかもしれない

大人チャレンジ

日本で失敗したからといって命まで取るような鬼はまぁそんなにいないでしょう

子供も大人もチャレンジしていいと思う

恥をかくかもしれないし、実は今が限界なのかもしれない

「あーこれがおいらの限界やったか・・・くそー」

でもいいと思う。そんな大人はかっこいいと思う

だから、やれるとこまでやってみる

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